ミステリー専門劇団 回路R様 取材レポート|世代の壁を越えて、より多くの人に愛される「ミステリー」を創る
オーディションプラスでは出演者を募集しているさまざまな団体にお邪魔して、各団体の取り組みを客観的に掘り下げていく企画「オーディションプラス取材レポート」を展開しております。表現者を志す方、団体を運営されている方だけではなく、芸能活動の内情を知らない方々にも、この企画を通して様々な表現活動の魅力を発信して参ります。
今回取材させていただいたのは、筆者自身も観劇し、出演した経験がある劇団回路Rさん。「ミステリー」から連想される怖い印象とはかけ離れた、温かいお人柄が魅力の劇団です。
2020年2月に次回作のオーディションが開催されました。オーディション後にインタビューに応えていただき、お客様に作品を広く楽しんでもらうために行ってきた、回路Rさんならではの取り組みについて語ってくださいました。
ミステリー専門劇団 回路R
2007年旗揚げ。多くの方にミステリー・サスペンスを楽しんでもらいたいという思いで立ち上げた劇団。お客様に劇団の特性を明確に、より伝わりやすくするため、「ミステリー専門劇団」と名付け活動をしています。
代表の吉村香澄さんは、幼少期より舞台、TV、映画に出演しており、ちびっこ漫才師としての活躍や、落語家に弟子入りをしていた経験を元に、回路Rの芝居を大きく支える存在。
回路Rの脚本・演出を手がけているのは、副団長の森本勝海さん。落語家や朗読講師などの顔も持ち、テンポよくお客様に優しい芝居作りを得意としています。本格ミステリーから喜劇まで産み出すその脚本は、老若男女、舞台をあまり観たことがないという方から舞台通の方々まで幅広く根強い支持を受けています。
ミステリー専門劇団 回路R
写真左から、団長の吉村さん、副団長の森本さん。
取材・文:嶋垣くらら
舞台女優・声優
Twitter:@kanikama444
回路Rのオーディション
―― オーディション、お疲れ様でした。選考では、どのような点を重視されていたのでしょうか。
吉村 第一に、求める役の雰囲気に合っているかどうかです。
森本 オーディションに通る人って、役に合っているかどうかで、上手い下手ではなかったりしますね。ちょっと声が小さいとか動きが悪かったとしても、雰囲気がぴったりであれば稽古の期間にどこまで上げていけるか、その技量があるかどうかを考えて採用します。
吉村 採ってみないとわからない。だから選ぶ側も賭けではあります。
森本 今回は、力がある人たちに集まっていただけました。この人は雰囲気が違うけれど、力があるのでヒロインと違う役で是非お願いしようという方もいました。そういう方とは縁を繋いでおいて、次の作品でいい役をやってもらいたいという思いもあります。
吉村 今回の作品は採用できないけれど、今後また別の作品ではという人もいらっしゃいましたね。
森本 うちはミステリー専門ですが、それ以外に『こってこ帝国』という喜劇をやる企画もありますので、そちらに出てもらえば活躍できるだろうな、とか。
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この日の実技審査は一人ずつ行われました。10分間のなかで、台本の一部を使った演技審査のほか、早口言葉とエチュード(簡単なシチュエーションだけを決めた即興芝居)を実施。
台本の演技では相手の役者との対話力を、早口言葉では滑舌を、エチュードでは身体の使い方を、それぞれ審査するために行ったそうです。短い時間の中で、役者の能力と個性を十分に知ることができる審査方法だと思いました。
オーディション課題の一部。皆さん、「アンドロメダだぞ」3回繰り返して言えますか?
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―― 『不死蝶』オーディション用の台本を見させていただきました。この台本だけだと、前後の状況はわからない内容になっていますね。
吉村 これをもって、原作の本を読んできたかどうかがわかります。しかも今ちょうど、昔ドラマ化になった『不死蝶』が動画配信されていて、実際に観てきてくれた人もいました。観ることで、求められている役の雰囲気もより掴めたのではないでしょうか。
森本 原作を知らなかったとしても、台詞のやり取りをする力があればいいと思っています。あとは、この人はどんな声で台詞を出すのかということも大切です。芝居になると、急に普段と声のトーンやボリュームが変わってしまう人もいますから。
吉村 森本は非常に声を大事にしているので、役の雰囲気だけではなくて、気持ちよく台詞をスパン、と吐き出せるかどうかを見ています。外見に加えて、声のトーンがハマればベストです。それは絶対に揺るがないものなので。
森本 こういう声が好き、という好みの問題ではなく、その役に合った声質ということですね。あとは台詞の回し方。こちらが指示をしたように言い回しを変えられるかどうか。
吉村 第一印象というか、第一声の印象ですね。あとは、江戸川乱歩の作品などをやるときもそうですが、その時代の言い回しが上手くハマる人。語尾とかが、現代の台詞回しとは少し違いますので。
森本 普段から聞きなれているのは重要ですね。昔の映画を観ている人は「こういう言い回しかな」というのが大体勘でわかる。わからなければ、「この作品に出ているこの役のこういう言い方だよ」と言うしかないのですが、ありがたいことに今はすぐに探せる時代になりましたから。
吉村 「~ですわ」とか「~ですの?」とか、そういう言い方は普段あまりしませんからね。
―― オーディション用の台本も、最初の台詞が「まあ、それじゃおかしいわ」ですものね。
吉村 現代の台詞ではあまりないような言い回しを、上手く吸収できる人であってほしいなと思います。難しいですよね、昔の言葉って。昭和の初期であっても時代物のうちに入りますので。
森本 昔、「お前には明治時代の雰囲気がない!」と言われたものです。「明治時代の男はそんな風に台詞を言わない」と言われて困りました。
2020年2月某日に行われたオーディションは、新型コロナウイルスの感染拡大防止対策として、全員マスクを着用して審査が行われました。
お客様のための芝居作りを
吉村 同じ作品でも演出家によって表現の仕方は違うでしょうし、今回やるような時代物でも、感情から入って作りなさいという人もいれば、森本のようにまず器を作らせる人もいる。面白いですよね。
森本 邪道中の邪道ですけどね、形から入るというのは。形から作って、その中に感情を入れる。よく「仏作って魂入れず」と言うものですが、「仏を作らなければ魂は入れられない」と私は考えています。仏がないと、魂を入れようがないですから。極論、段取りの芝居だとしても、例えば「三歩歩いて後ろに振り向いて台詞を言う」という芝居の型を、何回も何回も繰り返して体に染み込ませていく。すると台詞の吐き方にも動き方にも工夫が出来るようになって、芝居に臨場感が出てきます。そんな、段取りの芝居を段取りに見せないような、リアルに見せられる力が身につくといいですね。
吉村 演劇学校などで教わることとまったく逆のことなので、難しいかもしれないですが。
森本 「役になりきったら他のことを一切考えないはずだ」という教えがあるように、役者の方は「役になりきれ」とよく言われてると思います。けれども、私は役者に、「自分のやりとりを見ているもう一人の自分を頭の中に置け」と言っています。
吉村 例えば、自分の顔が陰になっていることに自分で気付き、表情を見せるため照明が当たるように立ち位置を変えます。それって、自分を俯瞰で見ていないと冷静に判断できませんよね。「人に見せるための芝居」というところでしょうか。
―― 回路Rさんは常に、客席に意識を向けた演技スタイルですよね。
森本 二人だけのやりとりでも、真横を向いて喋ってしまうのではなく、極力、漫才師のように体を客席に開いて喋らせます。
吉村 お客さんに顔の表情を見せてと、すごく言いますね。
森本 向かい合って喋っていたらそれはリアルですけど、客席に顔を向けて喋っていても、不自然に見えないような芝居をしてほしいのです。お客さんのための芝居を。
―― 回路Rさんの公演を観に行くと、おもてなしをされている実感がとてもあります。開演前の客入れの時からですが。
吉村 うちは開場した瞬間から、お客様との距離が近いですね。位置的な話ではなくて。何分前になったらお声がけをするでもなく、常に入ってきたお客さんに話しかけるスタイルなので。
森本 あらかじめ客席の空気をゆるめて、笑いやすい空気を作ることを心がけています。
吉村 今までは客入れの席案内をずっと森本がやっていましたが、今後新しい若手が入ってくれたら、希望者には是非お願いしたいと思っています。客入れの30分間の前説、やってもらえたら度胸もつきますし、いい修行になるのではないでしょうか。
インタビューの様子。回路Rの皆さんからはいつも、人を楽しませようという心配りが伝わってきます。
ミステリー作品を若い世代にも好きになってもらいたい
森本 今、劇団に入る若手って少ないですよね。劇団自体が成立しなくなってきているという話も聞きます。
―― オーディションプラスでも「劇団」という枠で募集をする団体は減少傾向にあります。舞台ごとに募集をかける企画などは多くありますが。劇団に入るとなると、抵抗感のある人は少なくないようです。
吉村 劇団では食べていきづらいということが知られてきていますからね(笑)
森本 舞台がイベント化してきていますよね。ストレートプレイのお芝居の売れ行きが伸び悩んでいる。有名どころの劇団も、立ち上げ時から顔ぶれがだいぶ変わって、今は有名芸能人を客演として迎え入れるパターンが多くなっているのではないでしょうか。
吉村 劇団の現状が変わってきていますよね。我々も劇団員が増えてくれたらありがたいのですが、今の風潮からして難しい。その代わりにオーディションを開催することで、声をかけたら出演してくれるという常連の役者さんを増やしていけたらいいなと思っています。
―― 回路Rさんがオーディションを開催されることは珍しいですよね。
森本 以前、一度だけ開催したことがあります。
吉村 その時は出演者を募集してもなかなか集まらなくて。今回のように「ヒロインを募集します!」といった目玉がないと。
森本 前回は反応が良くありませんでしたが、今回反応が良かったのは、やはりヒロインの募集があるということと、あとは金田一耕助シリーズをやるという作品のネームバリューで注目してもらえたようです。
吉村 今回のオーディションは、若い世代の方とか、回路Rを観たことがない方に関わってもらう機会を作るために実施しました。
森本 今回、応募してくれた方の中で、我々の芝居を見たことがある人はほぼいませんでした。全く知らない劇団で、かつ知らない作品であれば「なぜ応募したのだろう?」と心配にもなりますが、横溝正史さんによる金田一耕助の作品だから応募してきたということであれば、こちらも納得して審査ができます。劇団の芝居を知らなくても、作品を知っているということであれば。ただし、ミステリーに興味がないという方も中にはいましたね。それで「お芝居が好きです。人にものを伝えたいです」と言われても「うーん」とは思います。それでも、素材がいい人であれば採りたくはなりますが。
2017年池袋演劇祭参加作品『恐怖王』
―― 今回の参加者に、ミステリー好きな方は多くいたのでしょうか?
森本 少しいましたが、このミステリー作品だから、という志望動機の方はごく僅かでしたね。
吉村 逆にミステリー作品に今まで出演したことがなくて、やったことのない分野だからやってみたいという方が多かったです。前回オーディションをやった時には、「ミステリーとかホラーとか怖くて観られません」という方もいましたよ。結果、雰囲気のいい子だったので出演してもらい、血まみれのドレスを着させたのですが…(笑)自分の枠を広げるために、苦手とする分野に挑んでみようという思惑も理解はしています。
森本 お芝居をやっている人たちはとにかく世に出たいと思っていますから、そこを足掛かりに…というのはあるのでしょうが、「未知のものにチャレンジしたい!」というのは、ミステリーをあまり知らない人が書く志望動機の王道ですね。
吉村 前回、アンケートで「好きなミステリー作品はありますか?」という項目を設けたら「コナン」とか、「金田一少年の事件簿」とか、アニメを答える方が非常に多かったです。それはそれで勿論いいものですが、若い世代の人たちでいうミステリー作品は、ドラマや映画ではないのだなということを感じました。
―― 近年の小劇場演劇は、人間ドラマやファンタジー要素が強いものなどが増えている印象はありますね。ミステリー作品は客に推理させることで物語に入りやすく、観劇が得意でない方にも楽しんでもらいやすいジャンルだと思うのですが。
森本 今の流行りは動画ですけど、動画なら早送りができてしまう。お芝居も映画も、劇場で観るものではなくなりつつあって、よほど好きなものでなければ足を運んで観に行かなくなってきている。
吉村 ドラマや映画だと今でもミステリー作品はよくありますけれど、舞台のお芝居となると、ハートフルなお芝居とかの方が多いのかな、という印象はありますね。
森本 「怖い」というイメージを抱いている方が、意外と多いのですよ。
―― 回路Rさんのお芝居は、非常に親しみやすいのですが。
森本 我々のお芝居は、コアなミステリーファンが観たら「笑いはいらない」と言われてしまいますがね。
吉村 ミステリーでありながら、エンターテインメントとしてもありたいのです。おしるこに塩こんぶが添えられているような感じで、ちょっと笑いを入れるというね。例えが古いですが(笑)箸休めという感じで、怖い中にも軽い笑いがある。それが回路Rかなと思っています。
筆者が初めて観劇した回路Rさんの舞台『白昼夢』。ミステリーが持つ怖い印象をひっくり返す、コミカルな演出の数々が光っていました。紙芝居のシーンでは、客席が爆笑の渦に。
落語とコラボレーションした芝居
森本 最近は落語とコラボレーションしたお芝居など、依頼を頂いて公演に出演させてもらえるようになりました。
―― 落語とのお芝居とは、どのようなものなのでしょうか?
吉村 落語家さんの落語に合わせて、あてぶり芝居をするものです。ステージの上手に高座があって、そこでプロの落語家さんが話す。残りのスペースで、お芝居をします。
森本 これまで北沢タウンホール、世田谷区民会館といった会場で開催してきました。当初、主催者の方からは「森本さんが落語をできるから、森本さんの落語に合わせて稽古が出来ますね」と言われていたのですが、落語家さんごとに間の使い方が違うので、それは絶対にできませんと伝えました。それで、実際の落語家さんが話しているものをCDにしてもらい、それを流しながら稽古をしました。
吉村 落語は通常ではとても早口なので、それに合わせて芝居をしようとすると本当に早くて。初めはどこで動いたらいいのかが、わからないほどでした。
森本 落語は上半身だけを使った一人芝居ですからね。そのテンポに合わせた動きのある芝居は難しかったのですが、落語家さんにはできるだけ、いつもやっているように本番もやってほしいとお願いしました。役者の動きを待って、普段やっている落語の間を崩されてしまうと、かえって動きが合わなくなってしまう。口も落語に合わせて動かしているので。
―― 口の動きまで再現されていたのですね。
吉村 台詞を全て覚えているわけではありませんが、落語家さんが喋っている間は口を動かしているので、テンポは完全に入っていなければならないのです。ただ、口パクでいいと言われていましたが、結局、何回も練習しているうちに覚えてしまいました。
森本 落語家さんも毎回、一言一句同じようにやる方はいませんし、お客さんの反応を見ながら間も変わるものです。
吉村 普段通りに動こうとしたら、本番でごっそり無くなったくだりもありましたね(笑)
森本 その後、今度は私の落語に合わせて演じる『みるらくご』という企画ができることになりました。その時はCDも使わずに、私が落語をしている横で稽古が出来たのですが…これが非常に疲れる。
吉村 1日1回しか稽古ができないんです(笑)
森本 そんなことはない(笑)ただ、1日に2回も3回もやると、やっぱり落語が変わってしまいますので(笑)
吉村 でも森本にその場でやってもらえたことで、稽古はとてもやりやすくなりました。
森本 自分も芝居をやっているので、ここにちょっと間があった方がやりやすいかなとか、芝居の間で落語を作ることができますので。
吉村 ここで表情を見せてほしいとか、考えながら落語をしてくれましたね。
―― 芝居と落語、両方の理解があると、よりやりやすくなるのですね。
吉村 最初は「これ出来るのかな?」とも思いましたが、実際にやってみると、動きの芝居に集中できることが新鮮で、とても楽しかったです。いい機会をいただきました。
―― (実際の映像を見て)動きの芝居をしている人自身が、喋っているように見えました。この動きで再現している内容を、普段は落語家さんが一人で表現するのですから…すごいことですよね。
吉村 落語をあまり知らなかった人たちにも、聴くだけではなく視覚的に落語の内容を捉えられるので、とても興味を持ってもらえました。
森本 落語は本当に、世界に類を見ない一人芝居です。着物も顔もそのままで、老若男女全部一人で演じ分けて、あとは想像に任せる。もっと知ってもらえたらいいですね。
―― 最近は演劇もそうですが、色々なところで、想像に委ねるような表現が少なくなってきていますよね。
吉村 朗読を聴きに行くのが苦手という方の中には、情景を想像することができないという方も多くいらっしゃいます。昔から読み聞かせをしてもらっていたとか、本を読むことが大好きだった人たちは、自分の中で思い描いて、想像を楽しむことができるようですが。
―― この『みるらくご』をきっかけに、そういった方々の苦手意識も変えていけたらいいですね。
回路Rの生い立ち
―― 回路Rさんの作品は、ミステリーやサスペンスでありながら、緊迫したシーンでも笑いを取り入れていますが、そういった作風は昔からなのでしょうか?
森本 いいえ。一本目と二本目は、真面目な本格派ミステリーを上演していましたよ。笑いを取りにいかないような。外国の『オリエント急行殺人事件』や『ナイル殺人事件』のようなトントンと進んでいくような内容で、不要なギャグは入れない。初演の『血を吸うルージュ』の時も、ダリオ・アルジェントのようなスラッシャーと言いますか、サスペンスの猟奇犯罪のような作品をやっていました。
吉村 その頃もちょっとほっとするシーンはありましたが、今とは全然違います。その後の作品では、例えば人が凍ったシーンをどう表現するかって考えた時に、業務用の大きなラップでぐるぐる巻きにしていくことになって。それを凍っている表現だとお客さんに受け取ってもらうために「人が、凍っていくわー!」って台詞を入れたりしました(笑)
森本 生首が転がるシーンとかね、明らかにマネキンの首なのに「これは間違いない、〇〇の首だー!!」なんて言って(笑)
吉村 当時リアルな生首を作る予算がありませんでしたので、美容院の練習で使うマネキンの首を安く購入して…
森本 家に六個くらい、生首がゴロゴロ転がっています。
―― 私が初めて回路Rさんを観劇したのは2013年の『白昼夢』ですが、劇中に紙芝居が始まるなど、コミカルな演出が強く印象に残っています。
吉村 あの頃までは全部、アナログでしたね。(筆者に)出演してもらった2014年からは、映像も使うようになりましたが。
森本 2015年に上演した『偽りの宮殿(アクバル)』は、それまでやっていたようなものとは毛色の違う、社会派サスペンスでした。戦争にまつわるトンデモ本のような内容で、墜落事故の陰謀説とか、そういう話が大好きな方には特にたまらなかったようです。
吉村 戦争の時代を取り上げた作品だったので、世代的に刺さるものがあったようで、終演後わざわざ私たちのところに来て「面白かったです」って握手をしてくださった、ご年配のご夫婦もいらっしゃいました。本当に、涙が出るほど嬉しかったです。
森本 2016年には池袋演劇祭に参加したのですが、その時は「演劇祭に出るのに映像は使わない!」と言って、あえて映像を使いませんでした。エンドロールの内容を紙に書いて、身体にぐるぐる巻きにしたものを引っ張って流したのです。時代劇にある「あ~れ~」っていう、帯回しのような感じで。エンディングにはダンスも取り入れたのですが、その後ろで手書きのエンドロールが流れているという状態です(笑)
吉村 最後の最後は楽しく終わりましょうって。中にはその演出に怒る方もいらっしゃったのですが。
森本 アンケートに「二度と演劇と名乗るな」と書かれたお客様もいらっしゃいましたね。
吉村 実は、私は「演劇」という言葉が好きではありません。なんだか高尚なイメージを持たれてる方が多いような気がします。もっと身近に感じるものでありたい。私たちはただ観る人に楽しんでもらいたい、何かを伝えたい、その思いで作品を作っています。回路Rで初めてお芝居を観ましたというお客様から、「お芝居を観る楽しさを知りました」というコメントを頂戴すると、とても嬉しいです。ミステリーでも何でも、作品を作る上での思いは同じです。最終的には楽しい気持ちで帰ってもらいたいなと思っているので。
森本 うちは基本ミステリーしかやりませんので、ミステリー専門劇団という肩書きには嘘偽りありません。ラーメン屋さんにも色々なラーメンがありますし、うちは「オーソドックスな町中華」でいたいと思っていますよ。
吉村 わかりやすいのかわかりにくいのか…(笑)
2016年池袋演劇祭参加作品『悪魔の紋章』
吉村 回路Rの活動は、お客さんが15人くらいしか入らない小さなところをお借りして、朗読の公演を行ったのが最初でした。「ミステリー専門劇団」という肩書きは後からついたもので、立ち上げ当初はお芝居の公演をやっていこうとは思っていなかったのです。朗読の公演を、仕事をしながらでも、結婚して子供を産んで育てながらでも、やっていけるような団体にしたかったのですが…結局欲が出てきてしまって。やはり芝居がしたくなりますね。その代わり朗読公演は1日限りの公演にして、子育て中の団員にも参加してもらっています。
森本 昨年2019年には使用許諾をいただき、回路Rにとって悲願であった名探偵金田一耕助シリーズの朗読を実現しました。それをご覧になった方から高い評価を受けたことと、『みるらくご』での実績を認めていただいたことで、今年の2月には400人入る会場での朗読劇を開催することもできました。
吉村 朗読の技術は本当に奥が深いので、お芝居と並行してこれからも続けていきたいです。
森本 演劇と、朗読と、近年頂くようになったイベントのお仕事で、年2、3回公演をする機会を作っていけたらと思っています。今後、落語芝居についても、ご依頼いただくものだけではなく、自分たちで演目を作ってどこかで観てもらいたいですね。私が落語のステージに年間100本出演している経験を活かして、もっとお客様に知ってもらえたら嬉しいです。
吉村 他の劇団さんから見たら色々なことに手を出していて「いったい何がやりたいのだろう?」と思われるかもしれませんが、最終的な目標はあって、今はそこに到達するために間口を広げ、多くの入り口を作ってみようと。
―― ミステリー作品をより多くの人に楽しんでもらうために色々なことを試した結果、他にない個性が確立されたのですね。
吉村 一応、ミステリーをやる時と喜劇をやる時では区別して、『こってこ帝国』という劇団名でも活動をしています。去年は落語に絡めた内容の作品を上演し、劇中に役として落語も披露しました。
2019年こってこ帝国喜劇団vol.2『たみ姉ちゃん』
森本 落語の方は今後、ミステリーに寄せていった「ミステリー落語」も作りたいですね。江戸川乱歩の原作を落語にするとか。いずれは1年の中でミステリーの公演と、喜劇公演、それから朗読と、『みるらくご』もやっていけたら。
吉村 ここまでくるのに十何年かかりましたが、牛歩ながら自分のスタイルを作ってきて、ようやく形が見えてきました。あとはどれだけ数を増やしていけるかですね。新型コロナウイルスの流行で、6月の公演がどうなるかわかりませんが…。
※この日の取材後、公演の無期限延期が発表されました。
―― 無事に公演ができるといいですね。
吉村 今日オーディションに来てくれた人達にも、合否に関わらず次につながるように、早く無事に収束してもらって、次の機会を用意していきたいなと思います。
―― 回路Rの皆さん、取材にご協力いただきありがとうございました!
取材を終えて
はじめに、「型」から芝居を作られている、というお話がとても印象に残りました。演技の方針は団体ごとに大きく異なりますので、審査を受ける役者さんは「何を求められているのか」をリサーチした上で臨むことが大切です。事前に観劇ができれば一番よいですが、SNSなどを通して発信されている内容からも、その団体の考え方を知ることができます。これからオーディションに応募する方は、「自分のやりたい演劇とはどんなものなのか」という視点も交えて、選んでみるのはいかがでしょうか。
「ミステリー作品を多くの方に楽しんでもらいたい」という目的を達成するために、世代のニーズに合わせて柔軟にスタイルを変え続けてきた劇団回路Rさん。人を楽しませたい・何かを伝えたいという提供側と、肩の力を抜いて気軽に観劇を楽しみたいという観客側、双方の望みが満たされる理想的なバランスを持った作品を創出されています。
劇団のメンバーは40~50代の方を中心に構成されており、「骨をうずめる覚悟で」取り組まれているとのことです。長い活動のなかで築き上げられた固い意志と、強い結束力で作られるお芝居には安心感があり、筆者が初めて観劇をした時も、自然に引き込まれてお芝居を楽しむことができました。
今年の6月に予定されていた舞台『不死蝶』は、新型コロナウイルスの流行に伴い中止が発表されましたが、事態が収束した際はぜひ、回路Rさんの作品に触れてみてください。ミステリー好きの方もそうでない方も、きっと老若男女問わずお楽しみいただけるはず。
ミステリー作品の魅力を伝えるために走り続ける、ミステリー専門劇団 回路Rさんの今後の活動に注目していきましょう。
ミステリー専門劇団 回路R
取材・文:嶋垣くらら