試験内容の予想が外れた
オーディション時期 1996年
男性、受験時の年齢 20歳
オーディションを受けた経緯
私は大学の演劇サークルに所属していた1996年、脚本家志望の大学の同級生であり演劇サークルの仲間の友人男性と二人で劇団の入団オーディションを受けた経験がありました。
オーディションに向けて頑張ったこと
私と一緒に劇団の入団オーディションを受けた友人男性は、「将来の日本の演劇界をひっくりかえす」などと周りのサークル仲間達に豪語し、オーディションに向けて演劇論を戦わせたり、パントマイムなどの基本練習を毎日3時間以上行い、オーディションの準備をしていました。
オーディションの当日は、私達が想像していた試験は一切行われず、「基本的な発声の試験」や「自己紹介」、そして「自由課題による一人芝居」と「劇団の歴史と日本の演劇史についての筆記試験」が行われました。
オーディションで失敗したこと
私と友人男性は大学の演劇サークルの練習場があった下北沢の地下の倉庫で毎日3時間以上、パントマイムや即興芝居などの練習を劇団のオーディションに向けて行い、自信満々で劇団のオーディション当日に臨みました。
しかし、これらのパントマイムや即興芝居はまったく試験で実施されず、基本的な発声も声量の無さからボロボロなかすれ声が出てしまうなど、散々なオーディション内容でした。
しかも劇団の主要キャストの出演作など、劇団史や日本の演劇の歴史についての筆記試験では私も一緒に受けた友人もまったく答えが分からず、適当な答えを書いて提出するありさまでした。
失敗から学んだこと、今後の対策
劇団オーディションで基本的な発声も出来ず、筆記試験でもボロボロだった私と友人は当然オーディションに落ちましたが、印象的だったのは、一緒にオーディションを受けた20歳くらいの女性が全然発声も出来ていなかったのに、なぜか劇団のオーディションに合格したのを見た瞬間でした。
おそらく、あの合格者の女性は何らかの「光る物」が彼女の中にあった事で劇団に入団出来たのでは、と当時友人と二人で話し合いました。
ただ結局、その「光る物」すら分からずじまいのまま、私と友人はオーディションを受けるのをその後一切止めてしまいました。